
深夜2時のコンビニで肉まんを頬張りながら、ふと思い出したんだよね。
エドモンド・ヒラリーって知ってる? 世界で初めてエベレストに登頂した登山家なんだけど、この人が残した言葉がずっと頭に残ってて。「私たちがエベレストを征服したのではない。私たちが自分自身を征服したのだ」って。1953年5月29日、標高8848メートルの頂上に立った時、彼はそう言ったらしい。当時34歳。ニュージーランドの養蜂家だった彼が、なぜそんな言葉を残したのか。
実はヒラリーって、最初の挑戦では失敗してるんだよ。1951年の遠征では偵察隊の一員として参加したけど登頂できず、翌年の1952年にも別の隊が失敗。何度も何度も、人は同じ山に挑んでは敗れていった。酸素不足、極寒、突風。標高8000メートルを超えると「デスゾーン」と呼ばれる領域で、人間の体は確実に死に向かって進んでいく。そんな場所に、なぜ人は登ろうとするのか。
私も昔、小さな山に登ったことがあってさ。高尾山なんだけど(笑)。
で、ヒラリーの話に戻るんだけど、彼が本当に戦っていたのは山じゃなかったんだと思う。自分の中にある「もう無理だ」って声、「引き返そう」って囁く弱さ、凍傷で感覚を失った指先の痛みに耐えられない自分。そういう内側の敵と、彼は戦ってた。頂上に立った瞬間、彼が征服したのは岩と氷でできた山じゃなくて、自分自身の限界だったわけ。
これって仕事でも同じだよね、って最近よく思う。朝起きられない自分、締め切りに追われてパニックになる自分、上司に理不尽なこと言われて心が折れそうになる自分。クライアントからのダメ出しメールを開くのが怖くて、受信トレイを見ないふりする自分。コンビニのコピー機の前で企画書を印刷しながら「なんでこんなに頑張ってるんだろう」って虚しくなる、あの瞬間。
ヒラリーはシェルパのテンジン・ノルゲイと二人で登頂したんだけど、下山後、どちらが先に頂上を踏んだかって論争になったらしい。でも彼は「そんなことはどうでもいい」って言ったんだって。大事なのは、二人で成し遂げたってこと。一人じゃ絶対に無理だったって、彼は知ってた。
私たちの日常も、実は似たようなものかもしれない。誰が一番成果を出したかとか、誰が評価されるべきかとか、そういうことに囚われがちだけど。本当は、自分の中の「できない」を少しずつ「できる」に変えていく、その過程こそが登山なんだと思う。
エベレストに登った後、ヒラリーは南極探検にも参加して、その後は慈善活動に人生を捧げた。ネパールに学校や病院を作り続けて、2008年に88歳で亡くなるまで、彼は「次の山」を探し続けてた。頂上に立つことが目的じゃなくて、登り続けることが人生だったんだろうね。
月曜の朝、満員電車に揺られながら会社に向かう時。パートのシフトに入る前、制服に着替えながらため息をつく時。フリーランスで仕事が途切れて、貯金残高を見て焦る時。そういう瞬間に、ふと思い出してほしいんだよね。私たちが戦ってるのは、実は外側の何かじゃなくて、自分の中の「無理」って声なんだって。
ヒラリーの言葉には続きがあって。「山は私たちが登るのを待っている。なぜなら、私たちにはそれができるからだ」って。
できるかどうかなんて、やってみなきゃわからない。
あのコンビニの肉まん、ちょっと冷めてたけど美味かったな。明日も、また登ろう。自分の山を。









