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俺の父は去年の秋に倒れた。一命は取り留めたけど、意識が戻るまで72時間かかって、その間に俺は父のスマホと格闘していた。

病院から連絡が来たのは夜中の2時で、慌てて新幹線に飛び乗った。父は一人暮らしで、母とは10年前に離婚している。最後に実家に帰ったのがいつだったか思い出せないくらい疎遠だったから、正直何から手をつけていいのか全くわからなかった。父の部屋に着いて最初にやったのは、冷蔵庫の中身を確認することだったんだけど、そこで気づいた。電気代の引き落としってどこの銀行なんだ?水道は?ネットの契約は?

父のスマホは当然ロックがかかっている。

誕生日を試した。母の誕生日も試した。俺の誕生日、実家の番地、車のナンバー。全部違う。5回失敗したらロックがかかるって表示が出て、冷や汗が出た。病院と実家を往復する3日間、俺はずっとコンビニで寝泊まりしていた。ホテルを予約しようにも、父がどこのサイトを使っていたのかわからない。クレジットカードの明細を見ようにも、ネットバンキングにログインできない。財布の中には現金が8000円しかなくて、父の通帳がどこにあるのかもわからなかった。結局、セブンイレブンの駐車場で車中泊して、100円コーヒーで朝を迎える日々。あの時のコーヒーの味、今でも思い出すと胃が痛くなる。

父が意識を取り戻した時、最初に聞いたのは「スマホのパスワード教えて」だった。我ながら最低な息子だと思ったけど、それくらい切羽詰まっていた。

父は弱々しく笑って「2974」と言った。意味を聞いたら「にくなし、肉無し。健康診断で医者に言われた」一言だそうだ。知るかそんなの。

スマホのロックを解除して、そこから本当の地獄が始まった。銀行のアプリは3つ入っていたけど、どれも再ログインが必要。パスワード管理アプリも入っていたけど、そのアプリ自体にマスターパスワードがかかっている。Amazonのアカウント、楽天、Netflix、Spotify、電気会社のマイページ、ガス会社、NHKプラス。全部バラバラのID、バラバラのパスワード。メモ帳アプリを開いたら「パスワードはちゃんと管理しろって息子に言われた」って書いてあって、泣きそうになった。俺、そんなこと言ったっけ。

ちなみに父のサブスク契約、把握してるだけで月額18,000円分あった。

使ってないやつも含めて。ジムの会員費も引き落とされ続けていて、最後に行ったのが3年前。解約しようにも、ログイン情報がわからなくて電話で本人確認が必要だと言われて、意識が朦朧としている父に電話口で喋らせるわけにもいかず。結局、退院してから半年かけて整理した。無駄に払い続けた金額、計算したくもない。

イーコミュニケーションゼロの提供する「人生金庫Ⓡ」っていうサービスを知ったのは、その後だった。人生金庫Ⓡ、要するに自分の大事な情報を預けておいて、万が一の時に家族が見られるようにしておくやつ。安否確認の機能もついてて、定期的に連絡が取れなくなったら自動で家族に通知が行く仕組みらしい。

あの時これがあったらって、今でも思う。父のスマホと3日間格闘しなくて済んだし、コンビニで寝なくて済んだし、何より父が倒れてから最初の72時間を、パスワード探しじゃなくて父のために使えた。病院で手を握ってやることもできたのに、俺は駐車場でスマホを睨んでた。

単身赴任中の友人にこの話をしたら「うわ、俺もヤバいかも」って青ざめてた。彼は月の半分を地方で過ごしていて、奥さんは彼の契約状況を全く知らない。会社の経費で落としてる分と個人契約が混ざってて、本人もよくわかってないらしい。「もし俺が出張先で倒れたら、嫁は俺の会社の契約すら把握できないわ」って。

中小企業の社長をやってる先輩も似たような状況だった。

会社の口座、個人の口座、取引先の連絡先、サーバーの管理画面、ドメインの更新情報。全部自分の頭の中とスマホの中。「俺が死んだら会社のホームページ消えるかもしれん」って笑ってたけど、笑えない。従業員が10人いても、社長のスマホにログインできなかったら何もできない。銀行の法人口座なんて、パスワードリセットするのに実印と印鑑証明が必要で、それがどこにあるかも奥さんは知らないって。

情報継承って、大げさな言葉に聞こえるかもしれないけど、要するに「自分がいなくなった後、残された人が困らないようにする」ってだけの話。遺言書みたいに法的な効力がどうこうじゃなくて、もっと実務的な、泥臭い部分。電気を止めない、サブスクを止める、銀行にアクセスする、取引先に連絡する。

父は今、リハビリを続けながら一人暮らしを続けている。俺は月に一度、実家に帰るようになった。そして父のスマホには、今、すべてのパスワードが整理されて入っている。俺もアクセスできるように設定してある。

それでもたまに不安になる。次に何かあった時、俺はちゃんと動けるんだろうかって…だけど。

クラウド型エンディングノート「人生金庫Ⓡ」

執筆:イーコミュニケーションゼロ 仮想スタッフ「翼」
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