
疲れ果てた夜に、ふと思い出す言葉がある。
レナード・バーンスタイン。知ってる人は知ってるし、知らない人はたぶんクラシック音楽に興味ないんだろうなって思うんだけど、この人が残した言葉に何度も救われてきた。「音楽を教えることはできない。ただ、音楽への愛を伝えることはできる」って言葉なんだけど、これ、別に音楽の話じゃないんだよね。
バーンスタインって人は指揮者でありながら、作曲家で、教育者で、とにかく多才な人だった。ニューヨーク・フィルの音楽監督を務めながら、子供向けの音楽番組に出演して、難しいクラシックをわかりやすく解説してた。1950年代から60年代にかけて、テレビの前の子供たちに「音楽って楽しいんだよ」って伝え続けた人。当時のクラシック界では「格を下げる」なんて批判もあったらしいけど、彼は気にしなかった。
私が最初にこの言葉に出会ったのは、前の職場で後輩の指導を任されて、まったくうまくいかなかった時期だった。マニュアル通りに教えても、相手の目が死んでるんだよね。チェックリスト作って、手順書も完璧に整えて、でも何か違う。深夜2時のコンビニで缶コーヒー買いながら、スマホで「教え方 うまくいかない」って検索してた自分を思い出す。情けないけど。
バーンスタインがこの言葉を語ったのは、おそらく彼の教育哲学の核心に触れる場面だったんだと思う。彼は完璧な演奏技術を教え込むことよりも、音楽そのものへの情熱を共有することを大切にした。テレビ番組では、難しい楽譜の読み方よりも、ベートーヴェンがどんな気持ちでこの曲を書いたのか、この音にはどんな物語が込められているのか、そういう話ばかりしてた。技術は後からついてくる。まず心を動かすこと。
これって仕事でも同じだと思うんだよね。
資料の作り方、報告書のフォーマット、エクセルの関数、そういうのは確かに大事。でも、それだけ教えても人は動かない。なんでこの仕事をやるのか、この作業の先に何があるのか、私たちは誰のために働いているのか。そういう「なんで」の部分を共有できないと、ただのロボット養成になっちゃう。
そういえば、大学時代のバイト先の店長が口癖みたいに言ってた言葉がある。「お前、レジ打ちが仕事だと思ってるだろ」って。当時はなんのこっちゃって感じだったけど、今ならわかる。レジ打ちは作業で、お客さんに気持ちよく買い物してもらうことが仕事なんだって。店長はいつも、新人に技術じゃなくて、その視点を伝えようとしてた。
バーンスタインの面白いところは、完璧主義者じゃなかったってこと。リハーサルの映像を見ると、彼は間違いを恐れない。むしろ、オーケストラのメンバーに「もっと冒険しよう」って促してる。失敗してもいい、まず感じることが大事だって。ある時、若い奏者が演奏を間違えて落ち込んでたら、「君の間違いには情熱があった。それでいい」って言ったらしい。正確だけど心のこもってない演奏より、多少ミスがあっても魂の入った演奏のほうがいい。
私の今の仕事はフリーランスでライティングをやってるんだけど、クライアントに修正依頼されるたびに凹んでた時期があった。でも、ある編集者が「あなたの文章、間違いはあるけど熱量がある。それが一番大事」って言ってくれて。その時、バーンスタインの言葉を思い出したんだよね。
技術は教えられる。マニュアルは作れる。でも、情熱は伝染するもので、教え込むものじゃない。
バーンスタインは自分の指揮する姿を通して、音楽への愛を体現してた。全身で音楽を表現して、時には飛び跳ねて、汗だくになって。その姿を見た人たちが「自分もあんな風に何かに夢中になりたい」って思った。教育って、結局そういうことなんじゃないかな。
最近、近所のカフェ「モーニングノート」でよく仕事してるんだけど、そこの若いスタッフがすごくいい接客するんだよ。特別なことは何もしてない。ただ、コーヒーを淹れる時の手つきとか、カップを置く時の丁寧さとか、そういう細かいところに「この仕事が好き」っていうのが滲み出てる。たぶん、誰かがそういう姿を見せてくれたんだろうなって思う。
バーンスタインは晩年、若い指揮者たちに囲まれて過ごすことが多かった。彼らに技術を教えるというより、一緒に音楽を楽しんでた。「見て、この部分、なんて美しいんだ」って、目を輝かせながら楽譜を指さす。その姿が、どんな講義よりも雄弁だった。
今、何かに行き詰まってる人がいたら、ちょっと立ち止まってみてほしい。あなたは技術を教えようとしてる? それとも、その先にある何かを共有しようとしてる? 正しい手順を覚えさせようとしてる? それとも、なんでそれをやるのかを一緒に感じようとしてる?
私もまだ全然できてないけどね。でも、意識するだけで変わることはある気がしてる。
バーンスタインの言葉は、音楽の話をしてるようで、実は生き方の話をしてるんだと思う。何を伝えるかじゃなくて、何を共有するか。何を教えるかじゃなくて、何に一緒に感動するか。
そんなことを考えながら、また今日も仕事する。完璧じゃなくていいから、少しでも熱量のある何かを残せたらいいなって…そう思いながら。









