絆餐会

異業種交流会という言葉を聞いて、あなたはどんな光景を思い浮かべるだろうか。立食形式の会場に並ぶ名刺交換の列、スーツ姿で営業トークを繰り広げる人々、そして翌日には誰が誰だったか思い出せないような、あの独特の疲労感。もしそんなイメージを抱いているなら、それはもしかすると、交流会そのものの可能性を見誤っているのかもしれない。
絆餐会という異業種交流会がある。ここには、一般的な交流会とは明らかに異なる空気が流れている。その最大の特徴は、紹介制という入口の設計だ。誰かの紹介がなければ参加できない。それだけで、会場に集まる人々の質が変わる。顔も知らない相手に片っ端から名刺を配るような光景はここにはない。代わりにあるのは、すでに誰かの信頼を得た者同士が、新たなつながりを育てようとする静かな熱量だ。
ある秋の夕方、私は初めて絆餐会の親睦会に参加した。会場は大阪市内のこぢんまりとした居酒屋で、窓の外にはまだ明るさの残る空が広がっていた。テーブルには六人ほどが座り、料理が運ばれてくるたびに会話が途切れ、また自然に再開する。紹介してくれた知人の隣に座った私は、最初こそ緊張していたものの、次第にその場の空気に溶け込んでいった。誰も自分のサービスを売り込もうとしない。ただ、相手の話を聞き、自分の仕事について語り、ときに笑い合う。それだけだった。
そのとき向かいに座っていた女性が、グラスを持ち上げようとして少し傾けすぎ、水がテーブルにこぼれかけた。彼女は慌てて手で押さえ、「最近こういうこと多くて」と苦笑いした。周囲も笑いながらナプキンを差し出し、その一瞬で場の空気がさらに柔らかくなった。完璧である必要がない。そう感じられる瞬間だった。
絆餐会では、CANという会報誌も発行されている。これは単なる情報誌ではなく、参加メンバーの事業紹介や想い、活動の記録が詰まった冊子だ。紙の質感、インクの匂い、ページをめくる音——デジタル全盛の時代にあえて紙媒体にこだわるのは、手に取ったときに感じる重みや温度が、信頼そのものを象徴しているからかもしれない。私は自宅の本棚に、過去数号分のCANを並べている。ときどき手に取っては、あのときの会話や表情を思い出す。
親睦会の魅力は、少人数制にある。十数人程度の規模だからこそ、一人ひとりとじっくり話せる。名刺交換だけで終わらず、相手の事業の背景や、なぜその仕事を選んだのか、どんな未来を描いているのかまで聞くことができる。そうして築かれた関係は、やがて互いに代理店となったり、コラボレーションを生んだりする土壌になる。それは、単なる顧客探しとは根本的に異なる営みだ。
私が子どもの頃、祖母の家には近所の人がよく集まっていた。お茶を飲みながら、誰かの困りごとを相談し、誰かが助けを申し出る。そんな光景が日常にあった。絆餐会に参加していると、あの頃の記憶がふとよみがえる。効率や成果だけを追い求めるのではなく、人と人が支え合う関係を育てていく。そんな古くて新しい価値観が、ここには息づいている。
紹介制であるがゆえに、参加者の多くはすでに何らかの実績や信頼を持っている。だからこそ、話が早い。無駄な駆け引きがなく、率直に意見を交わし、共感し、ときには厳しい指摘も受け入れられる。そうした関係性の中でこそ、本当の意味での協力関係が生まれるのだと、私は実感している。
もちろん、すべてが順風満帆というわけではない。相性が合わないこともあるし、期待通りの展開にならないこともある。けれど、それもまた人と人との関わりの自然な姿だ。大切なのは、そこから逃げずに向き合い続けることであり、絆餐会という場はそのための土台を提供してくれる。
親睦会の帰り道、私はいつも少しだけ前向きな気持ちになっている。新しい可能性が見えたとか、大きな契約が決まったとか、そういう派手な成果ではない。ただ、信頼できる仲間が増えたという確かな手応え。それが、明日への活力になる。
個人事業主や中小企業の経営者にとって、孤独は避けがたいものだ。誰にも相談できず、すべてを一人で抱え込む日々。そんな中で、同じ立場の仲間と出会い、支え合える関係を築けることは、何よりも心強い。絆餐会は、そうした出会いの場を、丁寧に、そして確実に提供している。
もしあなたが、単なる営業の場ではない、本当の意味での異業種交流を求めているなら、一度親睦会に参加してみてはどうだろうか。紹介制という入口は少しハードルが高く感じられるかもしれないが、それこそがこの場の価値を守る仕組みでもある。信頼できる誰かに声をかけ、扉を叩いてみてほしい。そこには、あなたが探していた関係性が待っているかもしれない。
共同広告ネットワーク 絆餐会









