
焼肉屋の煙って、なんであんなに人を饒舌にさせるんだろう。
去年の秋口、取引先の社長に誘われて初めて行った「炎蔵」っていう焼肉屋での話なんだけど。そこで僕は焼肉がただの食事じゃないって、本気で思い知らされた。テーブルに着いた瞬間から漂ってくるタレの甘辛い匂いと、炭火の熱気。隣の席からは肉が焼ける音と笑い声が絶え間なく聞こえてくる。正直、会社の交流会とか懇親会って苦手だったんだよね。居酒屋の座敷で膝を崩せずに、当たり障りのない話を延々と…っていうあの感じ。
でも焼肉は違った。
まず、網の上に肉を置くっていう行為そのものが、会話のきっかけになる。「この肉、どっちが焼く?」「いや、社長どうぞ」「じゃあ俺が焼くけど、好みの焼き加減ある?」って。トングを持った瞬間から、もう役職とか年齢とか関係なくなってくる。カルビをひっくり返すタイミングに集中してると、変な緊張感が消えていくんだよね。肉汁が滴り落ちて炎が上がる瞬間を一緒に見てると、なんていうか、同じ体験を共有してる感覚になる。
あの日、隣に座ってた常務が「実は独立しようか迷ってて」って突然話し始めたときは驚いた。普段は会議でも無表情で、何考えてるか分からない人だったのに。ロースを焼きながら、ぽつりぽつりと本音を漏らしてくる。僕も気づいたらタン塩を頬張りながら、自分の事業の悩みを話してた。
そういえば中学生のとき、友達の家で焼肉やったことがあって。その友達のお父さんがやたらと肉を焼くのが上手くて、「火加減はな、恋愛と一緒や。焦ったらあかん」とか意味不明なこと言ってたのを思い出す。当時は「おっさん何言ってんの」って思ってたけど…今なら少し分かるかも。
焼肉って、待ち時間があるのがいい。肉が焼けるまでの数十秒、みんなで網を見つめる。その沈黙が心地いい。無理に話さなくてもいい空間。でも不思議と、その沈黙の後に出てくる言葉って、妙に素直なんだよね。「最近しんどくて」とか「実は新しいことやりたくて」とか。ハラミをひっくり返しながら、人生相談が始まったりする。
網の温度が上がってくると、場の空気も温まってくる。これ、比喩じゃなくて本当に。テーブルの真ん中で炎が揺れてると、なんか原始的な安心感があるっていうか。人間って火を囲むとリラックスするようにできてるのかもしれない。キャンプファイヤーで語り合うみたいな、あの感じ。
タレ派かレモン派かで盛り上がったり、「このホルモン最高じゃない?」って共感し合ったり。些細なことなんだけど、そういう小さな共有の積み重ねが、距離を縮めていく。気づいたら「今度うちの会社でも一緒に何かやりませんか」って話になってたりする。会議室で資料を見せ合うより、よっぽど具体的な話が進んだりするから不思議。
脂が滴って煙が上がる。その煙にまかれながら、みんな少しずつ素顔を見せていく。ビールのジョッキを傾けて、「いやー、本当は不安で」とか「もっとこうしたいんだけど」とか。普段のスーツ姿からは想像できない弱音や野望が、ぽろぽろとこぼれ落ちてくる。
肉を焼く人、取り分ける人、注文を決める人。自然と役割分担ができて、チームみたいになっていく。「社長、そろそろ追加注文します?」「おお、じゃあ上カルビいっとく?」「いいですね!」って。この一体感、会社の飲み会では味わえない。
午後10時を過ぎて、店内の熱気はピークに達してた。僕らのテーブルも、もう完全にリラックスモード。最後のデザート冷麺をすすりながら、次回の約束をする。「来月また来ましょうよ」「いいですね、今度は新しく入った社員も連れてきます」って。
焼肉屋を出たとき、服に染み付いた煙の匂いを嗅ぎながら思った。この匂い、明日洗濯するまで残るんだろうな…って。









