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高齢の母が一人暮らしを続けて三年が経ちます。週に一度の電話が私たち親子の習慣でしたが、ある日曜日、何度かけても母が電話に出ませんでした。心配で仕方なく、遠方から駆けつけると、母は軽い風邪で寝込んでいただけでした。しかしその時、私は気づいたのです。もし本当に何かあったら、母のスマートフォンのロックを解除できるだろうか。銀行口座の情報はどこにあるのか。毎月引き落とされているサブスクリプションサービスは何があるのか。何一つ分からないという現実に、背筋が凍る思いがしました。

現代社会において、私たちの生活はデジタル化され、多くの重要な情報がスマートフォンやパソコンの中に保管されています。銀行のネットバンキング、証券口座、各種保険、電気やガスなどの公共料金、そして数え切れないほどのサブスクリプションサービス。これらすべてに異なるパスワードが設定され、本人以外がアクセスすることは極めて困難です。元気なうちは問題ありませんが、万が一の事態が起きたとき、遺された家族は途方に暮れてしまいます。

クラウド型エンディングノートは、こうした現代特有の課題に対する一つの解決策として注目されています。従来の紙のエンディングノートと異なり、クラウド上に情報を保管することで、いつでもどこでも更新でき、必要な人に必要なタイミングで情報を届けることができます。特に重要なのが、安否確認機能と情報継承機能が一体となっている点です。

安否確認機能は、定期的に本人に通知を送り、一定期間反応がない場合に、あらかじめ登録した家族や親族に連絡が届く仕組みです。離れて暮らす高齢の親を持つ子世代にとって、毎日の安否が気になるのは当然のこと。しかし仕事や育児に追われる中、毎日連絡を取り合うのは現実的ではありません。クラウド型エンディングノートの安否確認機能があれば、親は自分のペースで簡単な操作をするだけで「元気です」というサインを送ることができ、子どもは安心して日常生活を送ることができます。もし反応がなければ自動的に通知が届くため、異変にいち早く気づくことができるのです。

そして最も重要なのが情報継承の機能です。現代人が管理しなければならないパスワードは、平均で数十個から百個以上にも及ぶと言われています。銀行のオンラインバンキング、証券会社の口座、クレジットカードの会員サイト、各種保険のマイページ、電気・ガス・水道などの公共料金サイト、携帯電話のアカウント、メールアドレス、SNS、動画配信サービス、音楽配信サービス、クラウドストレージ、ネットショッピングのアカウント―。これらすべてに異なるパスワードを設定することがセキュリティの観点から推奨されていますが、本人でさえ管理しきれないのが実情です。

若い夫婦であっても、この問題は他人事ではありません。ご主人が突然の事故や病気で意識不明になったとき、奥様はご主人のスマートフォンを開けるでしょうか。会社の重要な連絡先、取引先の情報、家計を支える銀行口座、住宅ローンの情報、生命保険の契約内容。これらにアクセスできなければ、その後の生活に大きな支障をきたします。また、誰にも言っていない投資口座や暗号資産、実は契約していた複数のサブスクリプションサービスなど、本人しか知らない情報が多数存在することも珍しくありません。

クラウド型エンディングノートに、これらの情報を整理して記録しておくことで、万が一の際に家族が必要な情報にアクセスできるようになります。パスワードそのものを記録することに不安を感じる方もいるかもしれませんが、多くのサービスでは高度な暗号化技術が採用されており、セキュリティは十分に確保されています。むしろ、付箋や手帳にパスワードをメモして机の引き出しに入れておく方が、よほど危険だと言えるでしょう。

情報継承で特に重要なのは、定期的な更新です。パスワードは変更されますし、新しいサービスに加入したり、解約したりすることもあります。紙のノートでは書き直しが面倒で、結局更新されないまま古い情報が残ってしまいがちです。しかしクラウド型であれば、スマートフォンやパソコンから簡単に情報を更新でき、常に最新の状態を保つことができます。

また、サブスクリプションサービスの管理という観点からも、クラウド型エンディングノートは非常に有効です。動画配信、音楽配信、雑誌の読み放題、オンラインストレージ、セキュリティソフト、スマートフォンのアプリ内課金―。気づかないうちに毎月数千円から数万円もの支払いが発生していることがあります。本人が亡くなった後も、これらの契約は自動的には解除されず、引き落としが続いてしまいます。家族が契約の存在に気づかなければ、無駄な支払いが延々と続くことになるのです。

離れて暮らす高齢の親を持つ方、そして若い夫婦にも、今こそクラウド型エンディングノートの活用を考えていただきたいと思います。それは単なるデジタル遺品の整理ツールではなく、大切な家族への最後の思いやりであり、日々の安心を生み出す現代的な見守りの形なのです。明日は誰にも約束されていません。だからこそ、今日から始める準備が、あなたと家族の未来を守ることにつながるのです。