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疲れ果てて帰宅する途中、コンビニの蛍光灯が妙に眩しかった。

深夜2時過ぎ。レジ打ちをしている店員さんの機械的な動きを見ながら、ふと高校時代の体育の授業を思い出していた。陸上競技の映像を見せられたあの日、為末大という選手が画面に映っていて、先生が何か熱心に語っていたんだけど正直ほとんど寝ていた。ただ一つだけ、妙に耳に残った言葉がある。「諦めたらそこで終わりじゃなくて、諦めなかったらそこから始まる」みたいな、そんな感じの言葉だった気がする。当時の自分には何の響きもなかったんだけど。

為末大って、400メートルハードルで世界陸上のメダリストになった人なんだよね。ハードルって、走りながら障害物を飛び越える競技。考えただけで息が切れそうだけど、彼が残した言葉には走ること以上の重みがある。「負けを知らない人間は脆い」という言葉も印象的で、これは彼自身が何度も壁にぶつかって、オリンピックで結果を出せなかった経験から出てきたものらしい。メダリストでさえ、いや、メダリストだからこそ負けを知っているんだって思ったら、なんだか自分の小さな失敗がどうでもよくなってくる。

あの日のコンビニ、カップ麺の棚の前で突っ立っていた自分は、正直もう何もかも投げ出したかった。プロジェクトは炎上、上司からは詰められ、後輩には舐められ。給料に見合わない働きをしている自覚はあったけど、じゃあどうすればいいのかなんて分からなくて。スマホを取り出して適当にネットサーフィンしていたら、為末大のインタビュー記事に辿り着いた。彼は「才能の限界を知ることも才能」だと語っていて、100メートル走から400メートルハードルに種目を変えたのも、自分の限界と可能性を冷静に見つめた結果だったという。

種目を変えるって、すごい決断だと思わない?それまで積み上げてきたものを一度リセットするようなものじゃん。でも彼にとっては、それが「諦め」じゃなくて「選択」だった。自分に合わないフィールドで消耗し続けるより、自分が輝ける場所を探す方が建設的だって。これ、仕事にも完全に当てはまる話で。

そういえば前の職場に、営業から経理に異動したベテラン社員がいたんだよね。営業成績は正直パッとしなくて、本人も辛そうだったんだけど、経理に移った途端に水を得た魚みたいに生き生きしはじめて。周りは「逃げた」とか陰口叩いてたけど、今思えばあれこそ為末大的な選択だったんじゃないかな。その人、今では経理部のリーダーとして若手を育ててる。

為末大の言葉でもう一つ好きなのが「ハードルは倒してもいい」という考え方。ルール上、ハードルを倒しても失格にはならないらしい。綺麗に飛び越えることにこだわりすぎて失速するより、多少ぶつかっても前に進む方が結果的に速いこともあるって。これ聞いた時、目から鱗だった。

仕事でも完璧主義になりすぎて動けなくなること、めちゃくちゃあるじゃん。企画書の文言を何時間も悩んだり、メール一本送るのに30分かけたり。でも実際には、70点の出来でもさっさと提出して修正した方が早く進むことの方が多い。ハードルは倒してもいい。この感覚を持てるかどうかで、仕事のスピード感って全然変わってくる。

深夜3時を回った頃、結局カップ麺じゃなくてサンドイッチを買ってコンビニを出た。外の空気が冷たくて、少しだけ頭が冴えた気がした。

為末大は引退後、スポーツと社会の関係について発信を続けている。アスリートとしての経験を、もっと広い文脈で語ろうとしている。彼の言葉が刺さるのは、単なる根性論じゃなくて、現実を見据えた上での前向きさがあるからだと思う。「できないことを認める勇気」と「それでも進む覚悟」の両方を持っている。

月曜日の朝、いつもより30分早く家を出た。別に何か特別なことをしようと思ったわけじゃない。ただ、ハードルを綺麗に飛び越えようとしすぎていた自分に気づいただけ。倒してもいいなら、とりあえず走り出せばいい。

結局あのプロジェクトは何とか形になって、上司との関係も少しずつ改善していった。劇的に何かが変わったわけじゃないけど、「諦めなかったらそこから始まる」という言葉の意味が、少しだけ分かった気がする。始まるのは成功とは限らないし、むしろ新しい失敗かもしれないけど…それでも。

深夜のコンビニで出会った言葉が、今も時々頭をよぎる。疲れた時、投げ出したくなった時、ふと思い出す。ハードルは倒してもいいんだって。