
仕事帰りの午前1時、コンビニでアイスを選んでいたら、雑誌コーナーに糸井重里の言葉が載っていた。
「だいじょうぶ。」
たった6文字。でもその横に書いてあった文章を読んで、私は冷凍庫の扉を開けたまま立ち尽くしてしまった。糸井重里といえば「MOTHER」のゲームクリエイターとしても有名だけど、コピーライターとして数々の企業広告を手がけ、「ほぼ日刊イトイ新聞」という独自のメディアを立ち上げた人だ。彼が40代の頃、それまで築いてきた広告業界での地位を捨てて、インターネットという未知の世界に飛び込んだときに言った言葉がある。「自分が面白いと思えないことは、やらない。」
この言葉、一見すごくシンプルで、むしろ当たり前に聞こえるかもしれない。でも糸井さんがこれを口にした背景を知ると、まったく違う重みが出てくる。1990年代後半、彼はすでに日本を代表するコピーライターとして成功していた。西武百貨店の「おいしい生活」とか、ジブリ映画のキャッチコピーとか、誰もが知ってる仕事をバンバンやってた。お金も名声もあった。普通ならそこで安定を選ぶ。
ところが糸井さんは1998年、自分のウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を立ち上げる。当時インターネットなんて、まだ一部のオタクが使ってるツールみたいな扱いで、ビジネスになるかどうかも怪しかった。周りからは「何やってんの」って声もあったらしい。でも彼は毎日更新を続けた。広告の仕事で培った「締め切り」の感覚を、今度は自分に課した。誰に頼まれたわけでもないのに、毎日何かを書いて、発信し続けた。
私も去年の春、それまで5年続けた会社を辞めた。理由は「なんか違う」っていう、すごく曖昧なやつ。給料は悪くなかったし、人間関係も普通だった。でも朝起きて「今日も会社か」って思うたびに、胸のあたりがずーんと重くなる感じがあって。それで辞めたはいいけど、次が決まってなくて、貯金を崩しながらバイトして、正直めちゃくちゃ不安だった。
糸井さんの「ほぼ日」は最初、まったく儲からなかったらしい。それでも彼は「自分が面白いと思えること」だけをやり続けた。読者との対話を大切にして、商品開発では「ほぼ日手帳」というヒット商品を生み出した。この手帳、今では年間70万部以上売れてる。でもそこに至るまでには、何年もの試行錯誤があった。
面白いのは、糸井さんが「失敗してもいい」とは言ってないこと。彼が言ってるのは「面白いと思えないことはやらない」であって、「面白ければ失敗してもOK」じゃない。微妙に違う。つまり、面白いと思ってやることは、たとえ結果が出なくても後悔しないってことなんだと思う。逆に、面白くないことで成功しても、それは本当の意味での成功じゃないってこと。
去年の夏、私は友達に誘われて小さなイベントの手伝いをした。報酬は交通費程度。でもそのイベントで出会った人たちと話してるうちに、「あ、これ楽しい」って素直に思えた。久しぶりだった、そういう感覚。会社員時代は「これやっといて」って言われたことを、とにかくこなすだけだったから。
糸井さんはインタビューで「若い人へのアドバイス」を求められると、いつも困った顔をするらしい。なぜなら、彼自身が「正解」を持ってるわけじゃないから。ただ一つ言えるのは、「自分の感覚を信じる」ってことだけ。世間の評価とか、親の期待とか、そういうのを全部脇に置いて、「自分はこれが面白いと思うか」って問いかける。それだけ。
ちなみに私、最近ベランダでハーブを育て始めた。バジルとかミントとか。これ、仕事と何の関係もないんだけど、朝起きて水やりするのが妙に楽しい。葉っぱが増えてくると「おお、育ってる」ってなる。こういう小さな「面白い」を積み重ねていくと、なんか生きてる感じがする…っていうのは、ちょっと大げさか。
糸井さんは70代になった今でも、毎日「ほぼ日」を更新してる。もう義務でやってるわけじゃないはずなのに、続けてる。きっとそれが、彼にとって「面白いこと」だから。そしてその面白さは、読んでる人にも伝わる。だから20年以上も支持され続けてるんだと思う。
正社員だろうが、フリーランスだろうが、バイトだろうが、関係ない。「自分が面白いと思えること」を探して、それをやる。結果はあとからついてくる、かもしれないし、こないかもしれない。でもそのプロセス自体が、たぶん人生なんだろう。
コンビニで立ち読みしてたら、店員さんに「お客さん、扉閉めてもらっていいですか」って言われた。アイスはチョコミント味を買った。家に帰って食べながら、明日やることをぼんやり考えてた。









