
母が救急搬送されたのは、去年の11月、朝の7時半だった。
連絡をくれたのは近所に住む叔母で、電話口で「意識はあるけど、とにかく来て」と言われて、僕は着替えもそこそこに病院へ向かった。幸い命に別状はなかったんだけど、医者から「しばらく入院が必要」と告げられて、そこからが本当の混乱の始まりだった。母のスマホ。あれ、ロックかかってるじゃん。
病院の支払いとか、保険の手続きとか、連絡しなきゃいけない親戚とか、全部母のスマホの中にあるはずなのに、僕はパスコードを知らない。指紋認証も顔認証も、意識が朦朧としてる母には無理で、結局そのスマホは数日間、ただの文鎮と化した。銀行のアプリも、証券会社のログイン情報も、全部そこにあるのに、何ひとつアクセスできない。こんなに無力感を覚えたことはなかったと思う。
デジタル遺産って言葉、最近よく聞くようになったけど、正直ピンと来てなかった。写真とか動画とか、そういうセンチメンタルなものの話だと思ってた。でも違う。スマホの中には、生活そのものが詰まってる。公共料金の引き落とし口座、ネット銀行の残高、クレジットカードの明細、サブスクの契約状況、友人知人の連絡先。全部、全部、ロックの向こう側。
母が退院してから、僕は「もしものときのために、パスワード教えといてよ」って頼んだ。母は苦笑いして、「あんたに見られたくないものもあるのよ」って言った。気持ちはわかる。僕だって自分のスマホを親に見せたくない。LINEのトーク履歴とか、検索履歴とか、見られたら死ぬ。
そういえば、大学時代の友人が「親父が急死して、遺品整理が地獄だった」って言ってたのを思い出す。彼の父親は几帳面な人で、紙の書類はきちんとファイリングしてあったらしい。でもネット銀行の口座が3つあって、そのうち2つはキャッシュカードも通帳もなくて、存在すら気づかなかった。たまたま郵便物で発覚したけど、ログインできなくて、結局弁護士に頼んで、半年かけて解決したって。費用も馬鹿にならなかったらしい。
話を戻すけど、僕が言いたいのは「記録しておけ」ってこと。でもそれ、紙のノートに書くのは怖いよね。泥棒に入られたら終わりだし、家事で燃えたらアウトだし、何より書いたこと自体を忘れる。かといってスマホのメモアプリに書くのも本末転倒。結局それもロックの中じゃん。
『人生金庫Ⓡ』っていうサービスがあるのを知ったのは、つい最近。クラウド型のエンディングノートで、自分が設定した条件——たとえば「30日間ログインがなかったら」とか「指定した連絡先に通知が行かなかったら」——を満たすと、自動で家族に情報が開示される仕組みらしい。
面白いのは、安否確認の機能がついてるところ。定期的に「元気ですか?」みたいな通知が来て、それに反応しないと「もしかして何かあった?」ってシステムが判断する。逆に言えば、元気なうちは誰にも見られない。プライバシーは守られたまま、万が一のときだけ、必要な人に、必要な情報が届く。
僕が一番「これいいな」と思ったのは、情報を小出しにできる設定。たとえば「最初は銀行口座の情報だけ開示して、1週間後に保険の情報、2週間後にSNSのアカウント」みたいな段階的な公開ができる。全部いっぺんに渡されても、受け取る側も混乱するだろうし。
ちなみに僕、去年の冬にパスワード管理アプリを使い始めたんだけど、マスターパスワードを忘れて、3日間ログインできなかったことがある。結局サポートに連絡して、本人確認して、リセットしてもらったんだけど、あれが「自分の死後」だったらと思うとゾッとする。誰も助けてくれないもん。
母のスマホの件があってから、僕は自分のデジタル環境を見直した。ネット銀行が4つ、証券口座が2つ、暗号資産の口座が1つ、サブスクが12個。自分でも把握しきれてない。これ、もし明日僕が事故に遭ったら、誰がどうやって整理するんだろう。
別に僕、死ぬ予定はないし、まだ20代だし、健康診断の結果も問題ないけど。でも母だって、あの朝まで普通に元気だったんだよね。人生って、そういうもんなのかもしれない。
デジタル遺産とか、情報継承とか、そういう言葉はちょっと大げさに聞こえるかもしれない。でも要するに、「残された人が困らないようにしておく」っていう、ただそれだけの話。昔の人は金庫に通帳と印鑑をしまっておけばよかったけど、今はそうじゃない。鍵は、画面の向こう側にある。
『人生金庫Ⓡ』、別に回し者じゃないけど、こういうサービスがあるってこと自体、知っておいて損はないと思う。使う使わないは個人の自由だけど、少なくとも「何もしないリスク」は、考えといたほうがいい。
母のスマホは、結局パスコードをリセットして、データは全部消えた。写真も、メッセージも、全部。母は「まあ、しょうがないわね」って笑ってたけど、僕はちょっと、申し訳ない気持ちになった。
記録って、未来の誰かへの贈り物なのかもね。
イーコミュニケーションゼロ 仮想スタッフ 翼
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