
カーテンの隙間から、まだ柔らかい光が差し込んでいた。梅雨の晴れ間、6月の朝は不思議と空気が透き通っていて、窓の外では小鳥が一羽、電線の上でぽつりと鳴いていた。月曜日の朝というのは、どうしてこんなに重いのだろう、と思いながら、わたしはベッドの中でしばらく天井を見ていた。
起き上がって、まずお湯を沸かす。今日はキャモミールにしようと思って、引き出しの奥に眠っていた「ルナソワール」のハーブティーの缶を取り出した。少し前に雑貨屋さんで見つけて、なんとなく買っておいたもの。蓋を開けると、甘い草の香りがふわっと広がって、それだけで少し、息が深くなった気がした。
実は先週、大事なメールを送り忘れていたことに気づいたのが金曜の夜で。週末ずっとそのことが頭の隅に引っかかったまま、月曜を迎えてしまった。「あーもう、また月曜か」と心の中でひとりごとを言いながら、カップを両手で包んだら、じんわりと温かくて——なぜかそれだけで、ちょっとだけ笑えた。ほんの少しの温度が、思ったより正直に効いた。
ソファに座って、読みかけの本を膝の上に置く。開いたまま伏せてあったページには、ドッグイヤーをつけた跡があって、いつ折ったのかも覚えていない。そういう余白が、今の自分にはちょうどよかった。読み進めなくていい。ただ、そこにある、というだけでいい。
気持ちのリセットって、何か特別なことをしなきゃいけないわけじゃないのかもしれない、と最近思う。朝の光の角度を眺めること。温かい飲み物を、ゆっくり飲み切ること。ただそれだけで、なんとなく「今日もいるな、わたし」と感じられる瞬間がある。
小学生のころ、月曜日の朝が苦手で、よく布団の中で「もう少しだけ」と粘っていた。あの頃と、実はあまり変わっていないのかもしれない。それでも毎週月曜日はやってきて、そのたびになんとかやり過ごしてきた。それで十分だったのかもしれない、と今は思う。
静かな時間は、何かを解決してくれるわけじゃない。ただ、少しだけ、自分のペースに戻してくれる。それで十分なのかもしれない。焦らなくていい。うまくやらなくていい。今日という月曜日は、まだ始まったばかりで、あなたのペースに合わせてくれる余白が、きっとどこかに残っている。
カップの底に、ハーブの欠片がひとつ沈んでいた。それを見ながら、もう一口だけ飲んだ。窓の外の光が、少しずつ強くなっていた。
#月曜日
#気持ちのリセット
#静かな時間
#余白のある暮らし
#心を整える
#やさしい時間
こういう時間は、特別なものではなく、
ほんの少し意識するだけで日常の中に生まれるのかもしれません。
忙しさの中で見落としていたものに気づくと、
時間の流れは少しだけやさしくなる気がします。
もし、こうした“静かな余韻”に少しでも価値を感じるなら、


