
目が覚めたとき、まだ外が薄暗かった。5月の朝はもう明るいはずなのに、カーテンの向こうがぼんやりしていて、今日が何曜日かを思い出すのに少し時間がかかった。そうか、水曜日か、とわかった瞬間、なんとなく胸のあたりがずしっとした。
週の真ん中って、不思議な場所にある。月曜日の緊張感はもうないけど、週末の安心感にはまだ届かない。ただそこに、立っているだけ、みたいな感じ。疲れているのか、疲れていないのか、自分でもよくわからないまま、とりあえず起き上がる。
キッチンに立って、お湯を沸かす。ポットから湯気が立ち上るのをぼんやり見ながら、そういえば最近ちゃんと休めてないかもな、と思う。眠れてはいる。でも、なんか、ちゃんと休んだ感じがしない。そういう疲れって、ちょっとやっかいだ。
以前、祖母の家の近くに「しずか茶房」という小さな喫茶店があった。子どもの頃、夏休みに連れて行ってもらうと、決まってホットミルクを出してくれた。砂糖は入っていないのに、なぜかとても甘く感じた。あの温度と香りが、今でもたまに思い出される。あの感覚に近いものを、最近どこかに置き忘れてきた気がする。
マグカップを両手で包む。陶器の熱が手のひらにじんわり伝わってきて、それだけで少し息が整う。安心って、こんなにシンプルなところにあったりする。
スマホを開くと、もう通知がいくつか来ていた。見なきゃいけないものも、返さなきゃいけないものも、たぶんある。でも今日は、あと5分だけそのままにしておこうと思った。5分くらい、世界に遅れたって、べつにどうにもならないはず。たぶん。(本当に大丈夫かな、と一応心の中でツッコんでおいた。)
余裕がない、と感じるとき、たいてい自分のペースより少し速く動いている。誰かに合わせようとして、気づいたら息が浅くなっている。そういうとき、無理に立て直そうとしなくていい。ただ、少しだけスピードを落とす。それだけで、呼吸はちゃんと戻ってくる。
窓の外から、鳥の声がした。なんの鳥かはわからないけど、のんびりした鳴き声で、なんとなくおかしくなった。この子は水曜日とか関係ないんだろうな、と思って。
疲れているのは、ちゃんと動いてきた証拠だと思う。責めなくていい。今日は今日のぶんだけ、ゆっくりやっていけばいい。週の真ん中は、ゴールじゃなくて、ただの通過点。そこで立ち止まって、お茶を飲んでいても、誰も困らない。
少しずつ、整っていく。そういう朝があってもいい。
#水曜日
#疲れた時に
#心を整える
#無理しない
#余白時間
#安心感
こういう時間は、特別なものではなく、
ほんの少し意識するだけで日常の中に生まれるのかもしれません。
忙しさの中で見落としていたものに気づくと、
時間の流れは少しだけやさしくなる気がします。
もし、こうした“静かな余韻”に少しでも価値を感じるなら、


