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水曜日の朝って、なんとなく重たいな、と思う。

目が覚めて、まだ薄暗い部屋の中でぼんやりとスマホを見ながら、「あ、今日水曜か」と気づいた瞬間のあの感覚。月曜の緊張も、火曜の勢いも、もうどこかへ消えてしまっていて、でも週末はまだずっと先にある。なんとも言えない、中途半端な疲れ。

それ、すごくわかる気がする。

わたしも先週の水曜日、朝ごはんを作りながらふと手が止まった。お湯を注いだばかりのマグカップから、ほんのり甘い香りが漂ってきて。「ミルクハニーラテ」っていう名前の紅茶で、近所の小さなセレクトショップ「ソラノマ」で買ったやつ。その湯気を顔の前でゆっくり受け止めながら、ああ、なんか今週もう疲れてるな、って思った。水曜の朝なのに、もう。

でもそのとき、不思議と焦らなかった。

疲れを感じることって、悪いことじゃないのかもしれない。ちゃんと動いてきた証みたいなものだから。子どもの頃、学校から帰ると必ずランドセルを廊下に放り投げて、そのまましばらく玄関に座り込んでいた。お母さんに「まず手を洗って」って言われても、しばらく動けなくて。あの感覚、今もどこかに残ってる気がする。疲れたら、まずそこに座っていていいんだって、体が覚えているのかもしれない。

カップをゆっくり両手で包むと、温かさが指先から伝わってくる。それだけで、少しだけ安心する。大げさじゃなくて、ほんとうに少しだけ。でもその「少しだけ」が、なんか大事な気がする。

週の中盤って、余裕がなくなりやすい。やることは山積みで、気持ちはどこかふわふわしていて、なのに「もっとしっかりしなきゃ」って自分を急かしてしまう。でもね、急かしても体はついてこない。むしろ、少し立ち止まって呼吸を整えるほうが、その後がずっとなめらかに動いていく感じがある。

そういえば、今朝のわたし、お気に入りのカップを出そうとして棚から落としそうになって、慌てて両手でキャッチした。誰も見ていないのに「あぶな!」って声が出た。なんか、それだけで少し笑えた。疲れていても、笑えることはある。

ゆっくりお茶を飲む時間、窓の外の朝の光を眺める5分、深呼吸をひとつ。そういう小さな余白が、じわじわと心を整えてくれる。無理に前向きにならなくていい。ただ、今ここに座っていていい。

疲れたままで、今日を始めていい。それでも、ちゃんと整っていくから。
#水曜日
#疲れた時に
#心を整える
#無理しない
#余白時間
#安心感

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こういう時間は、特別なものではなく、
ほんの少し意識するだけで日常の中に生まれるのかもしれません。

忙しさの中で見落としていたものに気づくと、
時間の流れは少しだけやさしくなる気がします。

もし、こうした“静かな余韻”に少しでも価値を感じるなら、


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