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目が覚めたとき、まだ外が薄暗かった。カーテンの隙間から差し込む光が、床の上に細長い白をつくっていて、なんとなくそれをぼんやり眺めながら、今日が水曜日だということを思い出した。

ああ、また週の真ん中か。

そう感じるのは、きっとわたしだけじゃないと思う。月曜日の緊張と火曜日の勢いが少しずつ溶けていって、水曜日の朝にはもう、じんわりとした疲れだけが体の底に残っている。それが普通なんだって、最近やっと思えるようになってきた気がする。

先週、仕事帰りに寄ったカフェで、「ネビュラブレンド」というホットコーヒーを頼んだ。名前の響きがなんとなく好きで、ほとんど衝動で注文したのだけど、一口飲んだ瞬間に、ほっと肩の力が抜けた。酸味が少なくて、温度がちょうどよくて、香りがやわらかかった。何かを解決したわけじゃないのに、カップを両手で包んでいるうちに、少しだけ呼吸が深くなっていた。

疲れているときって、何かを変えようとしがちだと思う。もっと早起きしなきゃとか、運動しなきゃとか、栄養のあるものを食べなきゃとか。でも実際には、そういう「やらなきゃ」が重なるほど、心はもっと窮屈になっていく気がする。

子どものころ、疲れたら縁側に座って、ただ庭を眺めていた。何もしていないのに、気づいたら元気になっていた。あの感覚を、大人になってからすっかり忘れていた。

余裕って、何かを達成した先にあるものだと思っていたけれど、そうじゃないのかもしれない。余裕は、何もしない時間の中にこそ、ひっそり宿っているような気がする。スマホを置いて、通知を気にしないで、ただぼんやりする。それだけで、少しずつ自分が戻ってくる感覚がある。

今朝、出かける前に5分だけ、窓を開けた。五月の朝の空気は少し湿っていて、どこかから金木犀に似た、でも少し違う甘い香りが漂ってきた。鳥の声が一羽分だけ聞こえた。風が頬に触れた瞬間、ああ、今日も生きているなと思った。大げさかもしれないけど、本当にそう思った。

ちなみに、窓を開けようとしたとき、サッシが少し引っかかって、両手でガタガタやっていたら、隣の部屋から「何してるの」って声がした。「窓、開けてる」って答えたら、「そう」とだけ返ってきた。その間、約10秒。なんでもない会話だけど、なぜか少し笑えた。

安心って、大きな出来事の中にあるんじゃなくて、こういう小さなやり取りや、ぼんやりした朝の時間の中に、静かに溶けているものだと思う。

疲れを感じている水曜日の朝は、何かを変えなくていい。整えようとしなくていい。ただ、少しだけ、自分に余白をあげてほしい。呼吸が整うのは、そのあとから、自然についてくることだから。

今日も、ゆっくりでいい。
#水曜日
#疲れた時に
#心を整える
#無理しない
#余白時間
#安心感

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こういう時間は、特別なものではなく、
ほんの少し意識するだけで日常の中に生まれるのかもしれません。

忙しさの中で見落としていたものに気づくと、
時間の流れは少しだけやさしくなる気がします。

もし、こうした“静かな余韻”に少しでも価値を感じるなら、


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