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日曜日の夜、なんとなくスマホを置いたあの瞬間のことを、よく思い出す。

特に何かあったわけじゃない。ただ、翌朝のことを考えると、胸のあたりにじんわりと重さが広がってくる感じ。あれはいつ頃からだろう。中学生のとき、月曜の朝だけ決まって腹痛がしていた。お母さんに「また?」と言われながら、でもちゃんと学校には行っていた。今思えば、あの腹痛は正直な体の声だったのかもしれない。

週の始まりって、なんでこんなに重いんだろう。

前向きになれ、とは言いたくない。そういう言葉が、ときに一番しんどいことを、わたしは知っているから。

最近、朝の支度をする前に、10分だけ何もしない時間を作るようにしている。カーテンを少し開けて、五月の朝の光が床に細長く伸びるのをただ眺める。光の色が、冬とは明らかに違う。やわらかくて、少し青みがかっていて、触れたら溶けそうな感じがする。窓の外では、どこかの家の換気扇が回っている音がかすかに聞こえる。それだけ。

その静かな時間が、気持ちのリセットになっているとわかったのは、しばらく経ってからだった。

別に何かをしているわけじゃない。ただ、呼吸している。ただ、光を見ている。それだけなのに、不思議と体の中の何かが、すこしだけ緩む気がする。

以前、友人が「Lumen Morningっていうアロマブランドのディフューザーを使い始めた」と教えてくれたことがあった。ベルガモットとシダーウッドを混ぜた香りで、朝に焚くと「なんか、ちゃんと今日が始まる気がする」と言っていた。わたしはそのとき、へえ、と相槌を打ちながら、心の中でこっそり「それ、ちょっと試したいな」と思っていた。結局まだ買っていないけれど。

香りって、記憶と結びついていると思う。どこかで嗅いだことのある金木犀の匂いが、一瞬で秋の夕方に連れていってくれるように。朝の香りも、きっと同じように「今日の自分」を呼び覚ます力があるのかもしれない。

気持ちに余白を持たせる、という言葉が好きだ。

余白って、何もない空間のことじゃなくて、何かが入ってくる余地のことだと思っている。ぎゅうぎゅうに詰め込まれたスケジュールの中には、感情が滑り込む隙間がない。だから疲れてしまう。だから月曜日が怖くなる。

何もしない10分が、その余白になる。コーヒーをゆっくり飲む時間が、余白になる。好きな音楽を、歌詞を追わずにただ流しておく時間も。

気持ちのリセットって、大袈裟なことじゃなくていいのかもしれない。

特別な場所に行かなくても、誰かに話を聞いてもらわなくても、ただ静かな時間の中に、少しだけ自分を置いてあげること。それだけで、重かった何かがほんの少し軽くなる日がある。

全部うまくいかなくていい。月曜日が好きじゃなくてもいい。ただ、今日一日をどうにかやり過ごせたなら、それでじゅうぶんだと、わたしは思っている。

週の始まりに、自分にやさしくしてあげてほしい。静かな時間は、そのための一番小さな、でも確かな入り口だから。
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#余白のある暮らし
#心を整える
#やさしい時間

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こういう時間は、特別なものではなく、
ほんの少し意識するだけで日常の中に生まれるのかもしれません。

忙しさの中で見落としていたものに気づくと、
時間の流れは少しだけやさしくなる気がします。

もし、こうした“静かな余韻”に少しでも価値を感じるなら、


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