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目が覚めたとき、カーテンの隙間からうっすら光が差し込んでいた。まだ7時前。梅雨の晴れ間みたいな、曖昧な朝の色。

ああ、もう水曜日か。そう気づいた瞬間、なんとなく胸のあたりが重くなる感じがした。疲れ、というほど大げさじゃないけど、「完全に元気」でもない。週のちょうど真ん中って、なんでこんなに中途半端にしんどいんだろう。

起き上がって、いつものようにお湯を沸かす。ポットの蒸気がふわっと立ちのぼって、台所が少しだけ温かくなる。その湯気の匂いというか、空気が柔らかくなる感じが、なんとなく好きだ。「ルームブルーム」というインテリアブランドのマグカップに、ほうじ茶を注ぐ。陶器の温度がじんわり手のひらに伝わってくる。それだけで、少しだけ息ができる気がする。

子どもの頃、疲れたと言うと母がよく「とりあえず座りな」と言っていた。何かをしろとか、気持ちを切り替えろとか、そういうことは一切言わずに、ただ座ることを勧めてくれた。当時はその意味がよくわからなかったけど、今になって少しわかる気がする。動くより先に、止まることが必要な時がある。

最近、SNSを見ていると「疲れてる人多いな」と感じることが増えた。誰かの投稿に「わかる」ってコメントが何百件もついていたりして。見られ続けることに疲れながら、それでも見てほしい気持ちもある。そのアンビバレントな感覚、私もずっと持っている。

だから最近は、朝だけはスマホを遠ざけるようにしている。起きてすぐ通知を確認するのをやめたら、なんとなく朝の時間に余裕が生まれた気がした。正確には「余裕ができた」というより、余白が戻ってきた、という感覚に近い。

ちなみにこの間、ほうじ茶を注ごうとしてポットを傾けたら、お湯がほぼ空だったことに気づかず、マグカップに向かってしばらく虚空を注いでいた。誰も見ていなかったのが幸いだった(いや、自分が一番よく見ていたけど)。

疲れているとき、「もっとしっかりしなきゃ」って思いがちだけど、それってたぶん逆効果なんだと思う。安心できる場所に自分を置くこと、それだけで少しずつ呼吸が整っていく。大きなことじゃなくていい。温かいものを飲む、窓を開けて外の音を聴く、ただそれだけでいい。

水曜日の朝は、まだ週の後半が残っている。でも今日一日だけを、ゆっくり生きてみてもいいんじゃないかな。焦らなくていい。整っていくのは、きっと少しずつで十分だから。
水曜日
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こういう時間は、特別なものではなく、
ほんの少し意識するだけで日常の中に生まれるのかもしれません。

忙しさの中で見落としていたものに気づくと、
時間の流れは少しだけやさしくなる気がします。

もし、こうした“静かな余韻”に少しでも価値を感じるなら、
ぜひ武岡出版の作品もご覧ください。