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おはよう。金曜日の朝。

窓の外がまだ少し白んでいる時間に目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む光が、ベッドの端をうっすらと照らしていて、それがなんとなく優しくて、そのまましばらく動けなかった。

今週も、長かった。

月曜日から積み上げてきた疲れが、じんわりと体の奥に溜まっているのを感じる。肩が重い、というより、なんだか全体的に薄くぼんやりしている感じ。気を張ってきた分だけ、金曜の朝はいつもこうなる。それでいいと思う。ちゃんと頑張ってきた証拠だから。

起き上がって、台所へ。

お湯を沸かしながら、冷蔵庫から昨日買っておいたカモミールの茶葉を取り出した。「ルーナブラン」というブランドのもので、友達に教えてもらってから、疲れた夜や朝に飲むようになった。ほんのり甘い草の香りが、台所に静かに広がっていく。熱いカップを両手で包んだとき、ああ、これだ、と思った。

この感覚を、回復、と呼んでいいのかもしれない。

大げさなことじゃなくて、お湯が沸く音を聞きながら、ただ立っているだけの時間。子どもの頃、母がよく朝早く台所に立っていて、その背中から漂ってくる温かい空気が好きだったことを思い出す。あの頃は「癒し」なんて言葉、知らなかったけど、たぶんあれがそうだったんだろう。

一口飲む。

ちょっと熱すぎて、思わず「あつっ」と声が出た。誰もいないのに。自分で自分に苦笑いしながら、カップをテーブルに置く。こういう小さな間抜けさが、なんだか今朝はいとおしかった。

窓を少し開けると、五月の空気が入ってきた。まだ冷たさが残っていて、でも夏の匂いが混じっていて、季節がちょうど境目にいる感じがした。鳥の声が遠くからする。葉っぱが風で揺れる音も。

静けさ、というのはこういうことだと思う。

何もない、じゃなくて、余計なものが入ってこない時間。スマホを見なくていい。誰かの言葉に反応しなくていい。ただ、カモミールの香りと、窓の外の音と、自分の呼吸だけがある。

今週、ちゃんとやってきた。

それだけで十分だ、とこの朝は思えた。誰かに認めてもらわなくても、何かを達成しなくても、月曜日から今日まで続けてきたことそのものが、もうすでに立派だと思う。

カップの中のお茶が、少しずつ冷めていく。その速度がちょうどよくて、急がなくていい感じがして、もう少しだけこのまま座っていようと思った。

今日が終わったら、週末がくる。

その前に、この静かな金曜の朝を、ちゃんと自分のものにしてから始めよう。
#金曜日
#癒しの時間
#お疲れさま
#自分を整える
#リラックス
#余白時間

———

こういう時間は、特別なものではなく、
ほんの少し意識するだけで日常の中に生まれるのかもしれません。

忙しさの中で見落としていたものに気づくと、
時間の流れは少しだけやさしくなる気がします。

もし、こうした“静かな余韻”に少しでも価値を感じるなら、


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