
カーテンの隙間から、うっすらと光が差し込んでいた。夏の朝特有の、もうすでに少し白みがかった空気。時計を見ると7時12分。火曜日の朝というのは、なんとなく独特の重さがある。月曜日の勢いはもう使い切って、でも週の真ん中にはまだ届いていない、あの感じ。
僕は翼、29歳。今日もコーヒーを淹れながら、頭の中に「やること」がぼんやりと浮かんでくるのを感じていた。返信しなきゃいけないメール、先週から持ち越した資料、午後の打ち合わせの準備。それらが霧みたいに漂っていて、どこから手をつけていいか、正直よくわからなかった。
コーヒーメーカーから立ち上る香りが、キッチン全体にゆっくりと広がっていく。豆は「ノルデン焙煎所」のエチオピア産、少し酸味が強くて、でも後味がやわらかい。この香りを嗅ぐと、なぜか小学生のころ、母が朝に台所でラジオをかけていた光景を思い出す。あのころは「今日やること」なんて何も考えずに、ただランドセルを背負って外に出ていた。
もちろん今は大人だから、そうはいかない。でも、あのときの「とりあえず出かける」という感覚は、意外と今も使えるのかもしれない、とふと思う。
マグカップを両手で包んで、窓の外を見た。蝉がもう鳴いていた。8月の朝は容赦がない。光はすでに強くて、でも風がわずかに動いていて、カーテンの端がそっと揺れていた。
気持ちの整理というのは、頭の中を「空っぽにすること」じゃないと思っている。むしろ逆で、浮かんでいるものをひとつだけ取り出して、「今日はこれ」と決めること。残りは、いったん脇に置いておく。全部を今日やらなくていい。それだけで、少しだけ息がしやすくなる。
今日の僕が選んだのは、「午後の打ち合わせの準備を午前中に終わらせる」、ただそれだけ。メールの返信は夕方でいい。資料の続きは明日でいい。そう決めた瞬間、肩のあたりがふっと軽くなった気がした。
心の余裕というのは、時間が余ったときに生まれるものじゃなくて、「今日はこれだけでいい」と自分に許可を出したときに生まれるものだと、最近少しずつ思うようになってきた。
ちなみに今朝、コーヒーを注ごうとしてマグカップをテーブルの端ギリギリに置いてしまい、危うくこぼしそうになった。「整える朝」のつもりが、出だしからヒヤリ。まあ、こぼさなかったからよしとしよう。
ひとつずつ、でいい。全部が片付かなくても、今日の「一番」だけ前に進めれば、それで十分だと思う。焦らなくていい。今日という火曜日は、もうちゃんと始まっている。
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こういう時間は、特別なものではなく、
ほんの少し意識するだけで日常の中に生まれるのかもしれません。
忙しさの中で見落としていたものに気づくと、
時間の流れは少しだけやさしくなる気がします。
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