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目が覚めたとき、まず思ったのは「あ、今日は土曜日だ」ということだった。

カーテンの隙間から、8月末の朝の光が細く差し込んでいる。夏の終わりの光は、真夏のそれよりも少しだけ角度が低くて、床に落ちる影がどこか長い。まだ9時前だというのに、部屋の空気はもうじんわりと温かくて、それでいて窓を少し開けると、かすかに涼しい風が入ってきた。平日とは明らかに違う、時間の流れ方。そのことに気づいた瞬間、肩のあたりからふっと力が抜けていくのがわかった。

ベッドから出るのに、5分くらいかかったかもしれない。それでいい、と思う。

キッチンに立って、コーヒーを淹れる。使っているのは近所の小さな焙煎所「アオバ珈琲」で先月買ったエチオピア産の豆で、挽きたてのときだけ漂う、花のような甘い香りがある。グラインダーのゴリゴリという音が静かな部屋に響いて、それがなぜか心地いい。お湯を細く注ぎながら、ぼんやりと窓の外を眺めた。

子どもの頃、夏休みの朝はいつもこんな感じだった気がする。急かされることもなく、ただそこにいるだけでよかった朝。大人になってからは、そういう朝がどこかへ消えてしまったような気がしていたけれど、実はなくなったわけじゃなくて、自分が忘れていただけなのかもしれない。

朝食は、いつもより少し遅めにとった。

トーストを焼いて、冷蔵庫に残っていたアボカドをのせて、レモンを絞る。それだけ。でも、時間をかけて食べると、なぜかいつもより美味しく感じる。食べ終わってから、もう一杯コーヒーを淹れようとして、豆を切らしていることに気づいた。仕方なくインスタントで済ませたのだが——これがまあ、悪くなかった。なんというか、肩の力が抜けた朝には、インスタントのあの素直な味も、それなりに似合う。

少し涼しくなった頃合いを見て、近所を散歩した。

いつも通勤で通る道を、今日はゆっくり歩く。同じ道なのに、見えるものが違う。植木鉢に咲いた小さな白い花、電柱の影、誰かの家から漂ってくる朝ごはんの匂い。歩くことそのものが、気分転換になっていた。特別な場所に行かなくても、ペースを変えるだけで世界の見え方が少し変わる。そのことを、歩きながらじんわりと思い出した。

家に戻ってから、しばらく本を読んだ。読みかけのまま積んでいた文庫本を、ソファに寝転がって開く。これが自分の時間だと、静かに思う。誰かに見せるためでも、何かを達成するためでもない、ただ自分が心地よいと感じるための時間。

休日の朝というのは、本来そういうものなのかもしれない。予定を埋めることよりも、余白を持つことの方が、ずっと豊かだったりする。

今日は急がなくていい。あなたが心地よいと思える時間を、ただ選べばいい。
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こういう時間は、特別なものではなく、
ほんの少し意識するだけで日常の中に生まれるのかもしれません。

忙しさの中で見落としていたものに気づくと、
時間の流れは少しだけやさしくなる気がします。

もし、こうした“静かな余韻”に少しでも価値を感じるなら、
ぜひ武岡出版の作品もご覧ください。