
カーテンの隙間から差し込む光が、フローリングの上に細い線を引いていた。七月の土曜日の朝、六時四十分。エアコンはまだつけていない。窓を少し開けると、湿った空気と一緒に、どこかの家の珈琲の香りが流れ込んできた。こういう朝だけが持つ、独特の静けさがある。
僕は翼、二十九歳。この朝、ふと思った。今の自分は、どんな選択の積み重ねでできているのだろうと。
大きな決断のことを言っているわけじゃない。就職先とか、住む場所とか、そういう節目の話ではなく。もっと小さな、ほとんど無意識に近い選択のことだ。今日の朝食に何を選ぶか。誰かのメッセージにすぐ返すか、少し置くか。本を読むか、スマホを開くか。
そのひとつひとつは、その瞬間には軽い。ほとんど重さを感じない。でも積み重なると、人生の輪郭になる。
子どもの頃、父がよく言っていた。「選んだことより、選ばなかったことのほうが後に残る」と。当時はよくわからなかったが、二十九になった今、じわじわとその意味が染み込んでくる。選ばなかったこと、つまり「やらなかった選択」もまた、自分を形作っているのだと。
珈琲を淹れながら、内省という言葉を頭の中で転がした。内省、とはつまり、自分の選択を構造として見直す行為だと思う。善悪を裁くのではなく、ただ並べて、見る。そのためには、この土曜日の朝みたいな、余白のある時間が必要だ。
ちなみに今日、珈琲を淹れようとしてドリッパーを棚から取り出したとき、うっかりフィルターを三枚まとめてつかんでしまい、一枚がヒラヒラと床に落ちた。拾いながら、「あ、こういう小さなズレが、今日の朝には似合う」と思った。完璧じゃない朝のほうが、むしろ考えが素直に動く気がする。
カップを両手で包む。陶器のひんやりとした感触が、だんだん温かくなっていく。その変化が、妙に好きだ。
最近、「ヴォールト・ブルー」というインテリアブランドのノートを使っている。無地で、薄くて、手触りが落ち着いている。そこに、自分がここ一週間でした選択を書き出してみた。仕事の返答の仕方、食べたもの、眠った時間、読んだ本のジャンル。書き出すと、傾向が見えてくる。自分がどこに向かおうとしているか、あるいはどこから逃げているか。
人生は、選択の総体だ。そう言ってしまうと少し大げさに聞こえるかもしれない。でも実際には、それは正確な表現だと思っている。どんな状況も、最終的には「どう応じるか」を自分が選んでいる。
窓の外で、遠くの踏切の音がした。電車が通り過ぎる。その音が消えると、また静けさが戻ってくる。
自分の選択を振り返ることは、過去を責めることではない。ただ、今の自分がどういう地図の上に立っているかを確認する作業だ。地図を見れば、次にどこへ向かうかが、少しだけ明確になる。
土曜日の朝は、そのための時間としてちょうどいい。急がなくていい。誰かに見せなくていい。ただ、静かに問い直す。自分の選択を。
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こういう時間は、特別なものではなく、
ほんの少し意識するだけで日常の中に生まれるのかもしれません。
忙しさの中で見落としていたものに気づくと、
時間の流れは少しだけやさしくなる気がします。
もし、こうした“静かな余韻”に少しでも価値を感じるなら、
ぜひ武岡出版の作品もご覧ください。






