
火曜日の朝、7時14分。
窓の外からは、すでに蝉の気配がある。まだ鳴いてはいないが、空気がじっとり重く、夏が本格的に始まろうとしているのがわかる。コーヒーメーカーから立ち上る湯気の匂いを嗅ぎながら、僕はスマートフォンの通知を開いた。未読のメッセージが17件。会議の変更、承認依頼、判断を求めるメール。まだ一口も飲んでいないのに、もう疲れた気がした。
思えば、こういう朝が続いている。
何かを決めなければならない場面が、以前より確実に増えた。プロジェクトの方針、チームへの対応、優先順位の組み替え。それぞれは小さな判断かもしれない。でも積み重なると、頭の中がいつの間にか渋滞を起こしている。信号が青なのか赤なのかさえ、よくわからなくなる感覚。
そういうとき、人はたいてい「速く考えよう」とする。処理速度を上げようとする。でも、それは逆効果だと気づいたのは、去年の秋だった。
あるプロジェクトの方向性を巡って、上司に即答を求められた。準備はしていた。資料もあった。なのに、出した答えが的外れで、後から「あ、本質はそこじゃなかった」と気づいた。情報はあった。時間も、ギリギリあった。足りなかったのは、整理する余白だった。
思考整理というのは、頭の中のものを「並べ直す」作業だと思っていた時期がある。でも実際はもう少し違う。並べるのではなく、「いらないものを手放す」に近い。情報が多いほど、捨てる判断が要る。捨てた後に残ったものが、本質に近い何かだったりする。
架空の話ではない。ノートブランド「Klaren Note(クラーレン・ノート)」の薄いA6ノートを一冊持ち歩くようにしてから、少し変わった。会議の前に5分だけ、「今日この場で決めなければいけないことは何か」を書き出す。たったそれだけ。でも、書くという行為が思考を可視化して、頭の渋滞を少しほぐしてくれる。
もっとも、最初の一週間はノートを開くのを忘れて、バッグの底でくしゃくしゃになっていたのだが。
立ち止まることへの抵抗感は、根深い。「考えている時間がもったいない」という感覚は、特に忙しい局面ほど強くなる。でも、慌てて出した答えを後から修正するコストのほうが、ずっと大きい。立ち止まるのは、後退ではなく、助走だ。
判断力というのは、速さではなく精度だと思っている。精度を上げるためには、情報を詰め込むより、整理する時間を持つほうが効く。余白があってはじめて、見落としていた本質が浮かび上がってくる。
コーヒーを一口飲んだ。少し冷めていたけれど、それでよかった。
今日も17件の通知が待っている。でも、まず5分だけ、ノートを開く。それだけで、今日の判断の質が変わる。少なくとも、僕にはそう感じられる朝が、確かに増えてきた。
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こういう時間は、特別なものではなく、
ほんの少し意識するだけで日常の中に生まれるのかもしれません。
忙しさの中で見落としていたものに気づくと、
時間の流れは少しだけやさしくなる気がします。
もし、こうした“静かな余韻”に少しでも価値を感じるなら、
ぜひ武岡出版の作品もご覧ください。






