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今日は水曜日。週の真ん中だ。

朝、カーテンを開けたら、空がやけに白かった。夏の青じゃなくて、少しだけ霞んだ白。光が柔らかく部屋に差し込んで、デスクの端に置いたグラスがぼんやり光っている。まだ7時を少し過ぎたころ。

こういう朝に、私はよく深呼吸をする。

意識してやるというより、気づいたらやっている、という感じで。鼻からゆっくり吸って、口からそっと吐く。たったそれだけのことなのに、肩がふっと下がる瞬間がある。あ、ずっと力が入ってたんだ、と気づく。それに気づけるだけで、もう十分だと思う。

月曜日に立てた予定が、火曜日のうちに少し崩れて、「あ、またか」と思いながらも立て直して、それでも今日ここにいる。それって、地味だけど、すごいことじゃないかな。

ちなみに先週の水曜日、私は深呼吸しながら間違えてアイスコーヒーに塩を入れた。砂糖と塩を間違えるなんて、どんな集中力だよ、と自分でも笑ってしまった。一口飲んで「…うん、これは無理」と静かにシンクに流した。そういう小さな失敗が、なぜかちょっと心を軽くしてくれる。

話を戻すと、週の真ん中というのは不思議な場所にある。前半の勢いはもうない。でも後半の「もうすぐ週末」という高揚感にも、まだ少し早い。宙ぶらりんな感じ、というか、どちらにも属さない静かな踊り場みたいなところ。

だからこそ、ここで小さな休息を取ることが、私には大切に思える。

お気に入りのブランド「ソワレドゥ」のマグカップに、温かいほうじ茶を注ぐ。湯気がふわっと立ち上って、香ばしい香りが鼻先をかすめる。両手でカップを包むと、じんわりとした熱さが手のひらに伝わってきて、なんだかそれだけで「ちゃんと生きてる」という気がしてくる。

窓の外に、緑が見える。風に揺れている。葉っぱが光を受けて、少しだけ銀色に光る瞬間がある。その一瞬を見逃さないでいられるのは、立ち止まっているからだ。走り続けていたら、たぶん気づかなかった。

子どもの頃、夏休みの昼下がりに縁側で風を待っていた時間を、ふと思い出す。何かをしなきゃという焦りもなく、ただ風が来るのを待っていた。あの感覚に似ている。何も生み出さない時間が、一番自分を満たしていたりする。

週の真ん中で少し体が重くなっているなら、それはここまで動いてきた証拠だと思う。深呼吸ひとつ、温かい飲み物ひとつ、空を一秒眺めること。そういう小さな休息が、心の底にじんわり染みていく。

今日も、自分のペースで、いい。それだけで、きっと十分だよ。
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こういう時間は、特別なものではなく、
ほんの少し意識するだけで日常の中に生まれるのかもしれません。

忙しさの中で見落としていたものに気づくと、
時間の流れは少しだけやさしくなる気がします。

もし、こうした“静かな余韻”に少しでも価値を感じるなら、
ぜひ武岡出版の作品もご覧ください。