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カーテンの隙間から、うっすらと白い光が差し込んでいた。まだ完全には目が覚めていない、あの曖昧な時間帯。今日が金曜日だと気づいた瞬間、胸の奥でふっと何かが緩んだ気がした。

一週間、長かったな。

特別なことがあったわけじゃない。でも、毎朝ちゃんと起きて、ちゃんと動いて、ちゃんと帰ってきた。それだけで、実はすごいことだと思う。誰かに褒めてもらわなくても、それは本当のことだから。

布団の中で少しだけ伸びをしながら、昨日の夜のことを思い出した。疲れ果てて帰ってきて、お気に入りのマグカップにお湯を注いで、「ルナフォグ」というブランドのカモミールティーをひとつ。ティーバッグを取り出そうとして、うっかり指先が熱くなった。あいたっ、と声が出て、一人でちょっと笑ってしまった。それだけのことなのに、なんだかその瞬間が妙に愛しくて。

湯気がゆっくりと立ち上る。甘くて、少し草っぽくて、でもほっとする香り。子どもの頃、祖母の家で飲んだハーブティーに少し似ていた。あの縁側の、畳の匂いと混ざった記憶。大人になってからも、こういう静けさの中にいると、なぜかあの頃の感覚が戻ってくる。

疲れているとき、人は癒しを求める。それは当たり前のことだと思う。でも最近、「癒される」ってどういうことだろう、とよく考える。何か特別なことをしなくても、ただ温かいものを飲んで、静かな時間の中に座っているだけで、心がじんわりと回復していく感じがある。

それで十分なんじゃないか、と気づいたのは、ここ最近のことだった。

朝の光が少しずつ部屋に広がっていく。窓の外では、どこかの家の風鈴が、かすかに揺れている。六月の終わり、まだ夏の本気が来る前の、あの少し湿った空気。冷たいフローリングに足をつけると、ひやっとした感触が足の裏に広がって、不思議と頭がしゃきっとした。

今週も、色々あった。うまくいかなかったことも、もやもやしたことも、きっとある。でもそれを全部解決しなくていい。金曜日の朝は、ただ「ちゃんとここにいる自分」を確認するだけでいい、そう思っている。

静けさって、何もないことじゃなくて、ざわざわしていたものが少しずつ落ち着いていく過程のことだと思う。無理に気持ちを切り替えなくていい。ただ、お茶を飲んで、光の中に座って、今日という日をゆっくり迎えればいい。

あなたも今週、ちゃんと頑張ってきたんだよ。それだけで、今日の朝を丁寧に過ごす資格は十分にある。

さあ、もう一杯、淹れようかな。
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こういう時間は、特別なものではなく、
ほんの少し意識するだけで日常の中に生まれるのかもしれません。

忙しさの中で見落としていたものに気づくと、
時間の流れは少しだけやさしくなる気がします。

もし、こうした“静かな余韻”に少しでも価値を感じるなら、
ぜひ武岡出版の作品もご覧ください。