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目が覚めたとき、カーテンの隙間からうっすらと白い光が差し込んでいた。8月の朝はもう6時前から明るくて、窓の外ではどこかの家のエアコンの室外機が、低くくぐもった音を立てていた。

今日は火曜日だ。

月曜日の緊張はもう過ぎた。でも週はまだ始まったばかりで、頭の中にはやることがふわふわと浮かんでいる。返信しなきゃいけないメール、先延ばしにしていた書類、夕方の打ち合わせ。それらが一斉に押し寄せてくる感覚は、正直なところ、あまり気持ちのいいものじゃない。

そういう朝に、ぼくはいつもコーヒーを淹れることにしている。

豆は「ハルノ珈琲」というブランドのもの。近所のセレクトショップで見つけた、エチオピア産の浅煎りで、花みたいな香りがする。グラインダーで挽くと、細かい粉がふわっと広がって、その香りだけで少し落ち着く気がする。今朝も同じように、ゆっくり湯を注いだ。

カップを両手で包んでいると、気持ちの整理がすこしずつ始まる気がした。

正直に言うと、ぼくはもともと「全部やろうとする」タイプだった。子どもの頃、夏休みの計画表を一日目に作って、三日目には完全に破綻させていたあの感じ。大人になっても似たようなことをやっている。やることリストを書きすぎて、眺めるだけで疲れてしまう。これはもう、ちょっとした持病みたいなものだと思っている(自覚があるだけ、まあマシかもしれないが)。

だから最近は、朝に「今日の一番」だけを決めるようにした。

全部じゃなくていい。今日、これだけはやる。それだけを決める。

そうすると不思議なもので、心の余裕が生まれる。余白があると、他のことも自然と動き出す。逆に「全部やらなきゃ」と思うと、どこから手をつけていいかわからなくなって、結局なにもできない午前中になる。それはもう何度も経験してきた。

コーヒーが少し冷めてきた頃、窓の外の光が変わった。白から金色に近い色になって、室外機の音に混じって、遠くで鳥が鳴いた。短く、二回だけ。

ひとつずつ、でいい。

焦らなくていい。今日の「一番」を決めたら、それに向かってゆっくり動き出せばいい。全部が終わらなくても、今日の一つが動けば、それで十分だとぼくは思っている。

週が始まったばかりの火曜日の朝は、まだ柔らかい。この時間に、気持ちの整理をすることが、一日を穏やかに始めるための、ぼくなりのやり方だ。

全部できなくても大丈夫。まず、目の前の一つから。
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こういう時間は、特別なものではなく、
ほんの少し意識するだけで日常の中に生まれるのかもしれません。

忙しさの中で見落としていたものに気づくと、
時間の流れは少しだけやさしくなる気がします。

もし、こうした“静かな余韻”に少しでも価値を感じるなら、
ぜひ武岡出版の作品もご覧ください。