
目が覚めたとき、カーテンの隙間から光が差し込んでいた。九月下旬の朝の光は、夏のそれとは少し違う。やわらかく、どこか遠慮がちで、部屋の床にうすく伸びている。スマートフォンを手に取って時刻を確認すると、8時47分。平日なら焦るような時間だけど、今日は土曜日だ。
そのことに気づいた瞬間、体の奥のどこかがふっと緩んだ。
起き上がる前に、しばらくそのままでいた。天井を見上げながら、何も考えない時間。頭の中に残っていた平日の残像——締め切り、メール、会議の声——が、ゆっくりと霧のように薄れていく。これが休日の朝の、いちばん最初にある贈り物かもしれない。
キッチンに立って、コーヒーを淹れた。使っているのは、近所の小さなロースタリー「ハコニワ珈琲」の豆で、先週末に買ったばかりのもの。グラインダーで豆を挽くと、部屋中にこうばしい香りが広がった。鼻から深く吸い込むと、それだけで少し目が覚める気がする。コーヒーを淹れる動作は、どこか儀式めいていて好きだ。お湯を細く注ぐたびに、豆がふわっと膨らむ。その小さな変化を眺めているだけで、時間がゆっくり流れる感覚になる。
朝食は、いつもより少し遅めに食べた。冷蔵庫に残っていた食パンを軽くトーストして、バターをたっぷり塗る。子どもの頃、母がよく作ってくれたのがこれだった。週末の朝だけ、バターを惜しみなく使っていた記憶がある。あの頃の台所の温もりを、なんとなく思い出した。
食後、本を一冊持って窓際の椅子に座った。読みかけの文庫本で、栞を挟んだまま三日ほど放置していたやつだ。ページを開くと、乾いた紙の匂いがした。読み始めると、物語の中にすっと入り込めた。外から風の音が聞こえて、カーテンがわずかに揺れた。
しばらくして、散歩に出た。特に目的地は決めていない。近所の川沿いの道を、ただ歩く。朝の空気は少しひんやりしていて、肌に触れるたびに気持ちがすっきりした。歩きながら、気分転換というのは案外こういう単純な行為の積み重ねなのかもしれないと思った。川面に光が反射して、きらきらと揺れている。鳥が一羽、低く飛んでいった。
帰り道、玄関先の靴がばらばらに脱ぎ散らかされているのに気づいた。昨夜の自分の仕業だ。そういえば疲れて帰って、そのまま倒れ込むように眠ったのだった。揃えながら、心の中で「せめて靴くらいは……」と軽くツッコんだ。
部屋に戻って、机の上を少し整えた。読みかけの本を棚に戻して、溜まっていたレシートを捨てて、コップを洗う。たったそれだけのことで、部屋の空気が変わった気がした。自分の時間というのは、何か特別なことをしなくても、こういう静かな積み重ねの中にあるのだと思う。
今日は、どこにも行かなくていい。誰かに会う予定もない。それがこんなにも心地よいとは、平日の自分には想像できなかっただろう。
急がなくていい。今日くらいは、自分が心地よいと思える時間を、ただ選んでいけばいい。
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こういう時間は、特別なものではなく、
ほんの少し意識するだけで日常の中に生まれるのかもしれません。
忙しさの中で見落としていたものに気づくと、
時間の流れは少しだけやさしくなる気がします。
もし、こうした“静かな余韻”に少しでも価値を感じるなら、
ぜひ武岡出版の作品もご覧ください。






