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武岡 隆のブログ

RYU TAKEOCA BLOG

武岡 隆のブログ

本、活字、日本語、物語、記憶、時間。
日々の中でふと立ち止まったことを、武岡 隆の言葉で静かに綴ります。

雨の日にだけ思い出す文章がある

窓の外で、雨が細く降っている。屋根を打つ音は強くもなく、途切れもしない。こういう日は、昔読んだ文章の一節を思い出す。

何の本だったか、すぐには出てこない。作者の名前も、頁の位置も曖昧である。それでも、そこに書かれていた景色だけは残っている。

濡れた道、傘の縁から落ちる雫、誰かを待っている人の背中。文章そのものより、文章のまわりにあった空気の方が、長く記憶にとどまることがある。読書には、内容を理解することとは別の働きがあるように思う。

本を読んでいるとき、私たちは文字だけを受け取っているわけではない。そのときの部屋の明るさや、窓の外の天気、読んでいた自分の年齢まで、知らないうちに一緒に抱えている。

だから、同じ一文でも、何年か後に読むと別の顔を見せる。以前は通り過ぎた言葉が、ある日急にこちらを向く。雨の日にだけ思い出す文章があるのも、その一文が雨について書かれていたからとは限らない。

読んだときに雨が降っていたのかもしれないし、心の中に、まだ名前のついていない曇り空があったのかもしれない。日本語には、天気と気持ちの境目を曖昧にする言葉が多い。

「しぐれ」という音を聞くと、単なる雨ではなく、季節の途中に訪れる短い気配まで感じる。「雨模様」と言えば、空の様子だけでなく、これから降るかもしれない時間まで含まれているように響く。

言葉は、目の前のものに名前を与えるだけではない。見えないものの輪郭も、少しだけ浮かび上がらせる。本の中で出会った言葉が、日常の何気ない場面に戻ってくるとき、読書の時間はそこで終わっていなかったのだと気づく。

私は、文章を覚えようとして読むことはほとんどない。それでも、何気なく目にした一行が、何年も経ってから胸の内側を軽く叩くことがある。記憶というものは、正確な書庫ではない。

欠けたり、順番が変わったりしながら、それでも必要なときに一枚の頁を差し出してくる。雨が上がったあと、窓辺の明るさが少し変わった。机の上の本には、細かな水滴のような光が落ちている。

思い出した文章は、まだ言葉にならないまま、今日の雨音のそばに置いておくことにした。

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