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武岡 隆のブログ

RYU TAKEOCA BLOG

武岡 隆のブログ

本、活字、日本語、物語、記憶、時間。
日々の中でふと立ち止まったことを、武岡 隆の言葉で静かに綴ります。

季節の名前を持つ日本語

カレンダーをめくっていると、数字の下に小さく「睦月」「如月」「弥生」と書かれていることがある。月の名前を目にしただけなのに、日付とは別の時間がそこから立ち上がる。

一月は睦月。家族や親しい人が集う月として知られる名である。年の初め、まだ冷たい空気の中で、湯気の立つ食卓を囲む。

言葉を交わす声や、器の触れ合う音までが、この呼び名の内側に含まれているように感じられる。二月の如月には、寒さの中で衣を重ねるという解釈がある。

三月の弥生は、草木がいよいよ生い茂る頃を思わせる。季節の名前は、月を区切るための記号でありながら、その時期の身体感覚や風景を一緒に抱えている。

現代の暮らしでは、予定表に「三月」と記すことが多い。数字は明快で、仕事の約束にも向いている。だが「弥生」と書いてみると、まだ冷えの残る朝の道に、芽の色がわずかに混じる感じがする。

文字がひとつ変わるだけで、日付の周囲に薄い輪郭が生まれる。五月は皐月、六月は水無月、九月は長月。これらの由来には諸説あるものもあり、私は一つの説明だけで納得しきらないようにしている。

言葉は辞書の中で完成するものではなく、長い時間の中で人が眺め、呼び、書き留めてきたものだからだ。小説の中で「長月の雨」といった表現に出会うと、単に九月の雨とは違う気配が漂う。

雨音の向こうに、夏が遠のいた庭や、読みかけの本を置いた窓辺が見えてくる。季節の名が、物語の舞台を説明する以上に、登場人物の心の温度まで伝えることがある。

本を読むとき、私はこうした言葉の働きに何度も立ち止まる。知らない言葉を調べることもあるが、すぐに意味を閉じないで、その音や漢字の形をしばらく眺めていたいと思う。

言葉には、説明される前の景色がある。暦の頁をめくるたび、月の名前は何気なくそこにいる。数字の隣に残された古い呼び名が、今日の空気や、道端の草の色に目を向けるきっかけになる。

カレンダーの片隅で、「弥生」という文字が春を待っている。

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