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武岡 隆のブログ

RYU TAKEOCA BLOG

武岡 隆のブログ

本、活字、日本語、物語、記憶、時間。
日々の中でふと立ち止まったことを、武岡 隆の言葉で静かに綴ります。

「お先に」は、残る人へ向けた言葉

「お先に」は、去る人の口から出るのに、去った先を何も語らない。私はそこが気になる。帰るのか、別の場所へ移るのか、何かを終えたのか。

それらは省かれている。動詞さえない。伝えているのは、自分が相手より先にその場を離れるという順番だけである。

「先」という語は、一人では成り立ちにくい。「先に帰る」なら、帰るという自分の行動を説明しているように見える。ところが「お先に」まで縮まると、何をするかより、誰より先なのかが前に出る。

文の中に相手は登場しない。それでも相手がいなければ、この表現を使う理由もほとんどなくなる。一人きりの場所から出るときに、「お先に」とは言わない。

そこには、同じ場所や作業や時間をいくらか共有していた人が必要である。去る側が短く発した一言の中に、まだそこにいる側が含まれている。「帰ります」と言えば、話の中心は帰る人にある。

「また明日」なら、次に会う時点へ目が向く。「失礼します」には、その場から退くことへの断りがある。「お先に」が扱うのは、そのどれとも少し違う。

いま同じところにいる者同士のうち、自分だけが一足早く抜ける。その前後を知らせている。「先」は、場合によっては優位を表す。

先頭に立つ、先を越す、先に手に入れる。どれも先であることに価値が置かれている。一方、「お先に」の「先」には、勝ったという響きがほとんどない。

むしろ、相手を残して自分が先に動くことへの小さな遠慮が混じる。「お先に失礼します」と続ければ、その向きはさらに明確になる。もちろん、毎回そこまでの気持ちを込めて使うわけではない。

決まり文句として口から出ることも多いはずだ。それでも決まり文句になったのは、先に離れる場面に、何も言わずには済ませにくい偏りが生まれるからではないか。

一緒にいた状態を、去る側が先に崩す。そのわずかな偏りを、「お先に」は大げさに謝らず、そのままにもせず扱っている。残る人が返す「お疲れさま」も興味深い。

「どこへ行くのか」と尋ねる返事ではない。先に離れることを咎めるものでもない。その人がそこまで終えた時間を受け取り、順番の違いを了承するような返し方である。

「お先に」が説明していない行き先は、返事の側でも求められていない。この表現は、去る人の事情を詳しく明かさなくても使える。早く帰る理由を並べる必要もない。

ただ、自分だけが先になることは相手に渡しておく。説明を省きながら、関係まで省かないところに、この短さの働きがある。「お先に」と告げた瞬間、口にされていない相手は「あと」に置かれる。

その「先」は、話し手の行く方向ではなく、残る人とのあいだにある。

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