RYU TAKEOCA BLOG
武岡 隆のブログ
本、活字、日本語、物語、記憶、時間。
日々の中でふと立ち止まったことを、武岡 隆の言葉で静かに綴ります。
大きくなる予報円、広がっているのは進路の不確かさ
台風の進路図では、現在位置から先へ進むにつれて、予報円が大きくなっていく。図だけを眺めると、台風そのものが次第に膨らんでいるようにも見える。
私が引っかかるのは、円の大きさよりも、その円の中に何が入ることになっているのかという点である。予報円が示すのは暴風域ではなく、予報時刻に台風の中心が入ると見込まれる範囲である。
気象庁の予報円は、その中に中心が入る確率が70%となるように描かれている。つまり、円の内側へ台風全体が収まるという意味ではない。「円」という形は面積を強く意識させるが、そこで扱われているのは台風の大きさではなく、中心位置の候補である。
地図上では同じ円に見えても、暴風域を表す円とは役割が違う。先の時刻ほど予報円が大きくなるのは、進路を遠くまで予測するほど、中心位置を絞りにくくなるためだ。
明日より数日後のほうが、進路には多くの幅が残る。その幅が、予報図では円の広がりとして表される。円が大きくなったからといって、それだけで台風が発達したとも、影響する範囲が同じ割合で拡大したとも読めない。
予報円には、もう一つ誤解しやすいところがある。円の中を台風がくまなく通るわけではない。各円は、それぞれに記された予報時刻の中心位置に対応している。
連続して並ぶ円は、広い地域を台風が塗りつぶしながら進む図ではなく、時刻ごとに中心を置ける範囲がどう変わるかを示す図である。円の内側なら、どの場所も同じ確率だとまではいえない。
境界線の内側と外側で、進路の可能性が急に切り替わるわけでもない。外周は風や雨の境目ではなく、複雑な予測を一定の基準で地図に置くための線である。
輪郭がくっきり描かれていることと、現象がその線でくっきり分かれていることは別に考えたい。ここで70%という同じ基準が使われていることが、円の大小を見比べる手がかりになる。
同じ70%を収めるために必要な円が大きいほど、その予報時刻の中心位置には広い幅が残っている。反対に、円が小さければ、中心位置の候補が比較的狭い範囲にまとまっていると読める。
円の面積を台風の勢力と取り違えると、この差は見えにくい。予報時刻ごとの円は、台風の膨張ではなく、同じ物差しで測られた進路の絞り込み具合を並べている。
一方で、「予報円は中心の範囲にすぎない」と知ったことで、円の外側は関係ないと考えるのも違う。台風による風雨は中心の一点だけで起こるものではなく、台風自体の広がりを持つ。
予報図に暴風域や暴風警戒域などが示されている場合、それらは予報円とは別の情報として読む必要がある。中心がどこへ進みそうかという情報と、どこに強い風の可能性があるかという情報は、同じ図に重ねられていても同じものではない。
予報というと、一本の進路を当てることに目が向きやすい。しかし予報円は、一本の線だけを示さず、まだ絞り切れない部分まで図に残している。先へ行くほど円が広がる表示は、予測が失敗してぼやけた姿ではない。
現時点でどこまで決められ、どこから先に幅があるのかを分けて見せている。
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