RYU TAKEOCA BLOG
武岡 隆のブログ
本、活字、日本語、物語、記憶、時間。
日々の中でふと立ち止まったことを、武岡 隆の言葉で静かに綴ります。
冷たくなくなった保冷剤の重さ
冷たくなくなった保冷剤には、役目を終えた物らしい変化がほとんどない。袋は同じ形を保ち、中身もそのまま入っている。持ち上げれば、使う前とあまり変わらない重さが手にかかる。
変わったのは冷たさであり、それは見ただけでは分かりにくい。氷なら、役目を果たすにつれて小さくなり、やがて水になる。どのくらい残っているかは、形や量からもおおよそ判断できる。
ところが保冷剤は、冷たさを渡し終えても、それに見合うだけ小さくなるわけではない。袋が破れていない限り、中身が減ったわけでもないからである。そのため、保冷剤の重さは少し妙なものになる。
重さは普通、何かがまだ残っていることを知らせる。飲み物の入った容器でも、荷物の入った箱でも、持てば中身の有無が分かる。しかし、保冷剤の重さからは、冷やす働きがどれだけ残っているかを読めない。
私が気になるのは、この重さが間違っているわけではない点である。保冷剤は、失った機能をごまかしているのではない。重さが示しているのは袋の中にある物の量であり、冷やせるかどうかではない。
こちらが一つの感覚に、別の役割まで受け持たせようとしている。冷たさは、保冷剤の中に物として蓄えられ、使うたびに中身と一緒に減っていくものではない。
周囲との温度の差が小さくなれば、形を保ったまま冷やす働きは弱くなる。見えている物は残り、見えない差だけがなくなる。だから機能の終わりが、外形の変化として現れない。
暑い時期に保冷剤をいくつか扱う場面では、使えるものと使い終えたものを、見た目だけで分けにくいことがある。数も大きさも同じなら、重さを比べても確かめられない。
結局、一つずつ触れることになる。手に取るというより、冷たさが返ってくるかを確かめる作業である。もっとも、冷たくなくなった保冷剤は、物として役目を失ったわけではない。
再び冷やせば使えるものが多い。「終わった」といえるのは、その一回の使用についてである。捨てる物になったのではなく、次に冷やされるまで働けない状態に戻っただけだ。
それでも、その違いは形にも重さにも記録されない。
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