RYU TAKEOCA BLOG
武岡 隆のブログ
本、活字、日本語、物語、記憶、時間。
日々の中でふと立ち止まったことを、武岡 隆の言葉で静かに綴ります。
伸ばし棒は、縦書きで向きを変える
「コーヒー」の二本の伸ばし棒は、横書きなら横に置かれる。同じ語を縦書きにすると、伸ばし棒も縦を向く。文字列全体の向きが変わったのだから当然にも見えるが、私が気になるのは、ほかの文字まで同じように向きを変えるわけではないことだ。
「コ」も「ヒ」も、縦書きになったからといって九十度回転しない。それぞれの形を保ったまま、上から下へ並ぶ。「一」という漢字も横線のままである。
縦書きの列に入った「一」は、読む方向を横切る形になっても「一」であり続ける。長音符はそうではない。横書きの形をそのまま縦の列へ入れると、短い横線になってしまう。
それでは、ひとつ前の音を伸ばす記号というより、列を途中で区切る線のようにも見える。長音符は自分の形を守るより、文字が進む向きに合わせる方を選んでいる。
もちろん、記号が何かを選んでいるわけではない。組版上の決まりとして向きが変わる。ただ、その決まりは長音符の働きをよく表している。
長音符は単独の音を持つ文字ではなく、直前の母音を長く読むために置かれる。自分だけで完結せず、前にある音との関係によって役目が決まる。ここで、線の長さそのものは重要ではないことにも気づく。
横書きの長音符を二倍の長さにしたからといって、母音を二倍長く読むことにはならない。一つの文字分の場所に長音符が一つあれば、それで長く読むことが示される。
見えている線は音の長さを測る目盛りではない。それでも線が文字の進行方向へ伸びていると、前の音がその先まで続くように受け取りやすい。実際の発音は時間の中で続くものであり、右や下へ移動するものではない。
長音符は、その時間を紙面に置くために、書字の方向を借りているのだと思う。横書きなら右へ、縦書きなら下へ、読む目の進む先に長さを置く。「伸ばし棒」という呼び方も、この性質によく合っている。
その呼び方からは、棒でありながら、どちらを向くかまでは定めない印象を受ける。形の説明としては少し曖昧で、その曖昧さが縦書きにも横書きにも都合よく収まる。
縦書きの「コーヒー」で、長音符だけが横を向いたままだとしたら、二本の線は文字の列を二度横切ることになる。実際の長音符は縦を向き、「コ」の下と「ヒ」の下にそれぞれ一文字分の場所を取る。
新しい記事をメールで受け取る
武岡 隆の新しい文章が公開されたとき、メールで静かにお知らせします。
登録料・購読料はかかりません。メールアドレスはブログ更新通知のためだけに使用します。いつでも解除できます。


