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武岡 隆のブログ

RYU TAKEOCA BLOG

武岡 隆のブログ

本、活字、日本語、物語、記憶、時間。
日々の中でふと立ち止まったことを、武岡 隆の言葉で静かに綴ります。

雨に「脚」がある

「雨脚」という語は、二字のまま読めば見慣れている。ところが「雨」と「脚」に分けた途端、妙な組み合わせに見えてくる。雨には粒があり、滴があり、筋もある。

それは分かる。では、雨のどこに脚があるのか。雨脚は、空から筋になって降る雨の様子を表す。

遠くに降っている雨は、空と地面のあいだを埋める細い線の集まりとして見えることがある。その形を脚と捉えるのは、それほど不思議ではない。上から下へ伸び、地面へ届いているからである。

ただ、一本の雨粒に一本の脚があるわけではない。雨脚というときに見ているのは、個々の粒ではなく、まとまって降っている部分である。「雨粒」が雨を小さく分ける語だとすれば、「雨脚」は多くの粒を一つの形として遠くから見る語に近い。

私が引っかかるのは、その形だけではない。「雨脚が近づく」「雨脚が遠のく」ともいう。ここでの脚は、空から地面へ伸びる縦の筋でありながら、同時に場所から場所へ移っていく。

雨そのものは上から落ちている。それなのに、降っている範囲をひとまとまりとして見れば、雨はこちらへ近づき、こちらを通り、向こうへ離れていく。縦に落ちる動きと、横に移る動きが、「雨脚」の中で重なっている。

「雨が近づく」でも意味は通じる。ただ、その言い方では、空模様や雨雲まで含めた広い変化にも聞こえる。「雨脚が近づく」となると、すでにどこかで降っている雨の筋が、その形を保ったまま距離を詰めてくる感じがある。

脚の一字が、雨の位置をはっきりさせている。一方、「雨脚が強まる」という言い方では、移動よりも降り方の勢いが前に出る。脚が速くなるのではなく、筋が太く、密になっていく様子である。

同じ雨脚が、形、強さ、移動を受け持っている。意味がばらばらなのではない。降っている部分を一つのまとまりとして見るから、そのまとまりの濃さも位置も言い表せるのだろう。

「降雨」のように現象を示す語では、雨はどこで起きているかを別に補う必要がある。「雨粒」なら、一粒ずつ落ちる方向は見えても、雨全体が近づく様子までは表しにくい。

この語が面白いのは、雨を人や動物のように見立てているからだけではない。脚を与えられたことで、本来は落ちるものだった雨が、こちらへ来るものにもなった点である。

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